“ママじゃない私” ポートレート

いつものあなたの、いつもと少しだけ違う顔。いろんなママたちの、「ママじゃない顔」ポートレート。

番外編: 先生の45年間

 

こんにちは。春ですね。「桜と石垣」の組み合わせが大好き、エミです。

この記事は今現在ご本人の許可なく書いているもので、ルール違反かなあと思いつつ、でも私の思いを綴ることを、きっと先生なら許してくれる気がして・・・。

(追記: 後日、先生にも当記事を読んでいただき、掲載を快くお許しいただきました。先生、ありがとうございます!)

 

◆45年、あたたかく、おもしろく

 

幼稚園で息子の担任だった先生が、この春、定年での退職を迎えられました。先生の幼稚園教諭生活は、なんと45年に及びます。

このあたりで(って、どのあたりだよ?って話ですが笑) 「ゆかわあおい先生」と聞けば、うちの園の卒園児を持たずとも、「ああ!」と思い浮かぶ方は少なくないのではないでしょうか? あるいは、ご自身が先生の指導を受けた、という方もいらっしゃるかも。

それぐらいの名物先生、ベテラン先生ともなれば、私みたくペーペーな母親にとってはちょっと怖いぐらいに威圧感があるんじゃないか・・・? と想像されるかもしれません。あるいは、いつも微笑みを絶やさない、穏やかなおばあちゃん? 

それがどちらもまったく違うのです。先生はすごく面白い人で、私は先生が話してくれる「子どもたちの様子」を聞くのが大好きでした。

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入園式での先生。エレガントかつキュートな着こなし。)


「Aくんが石を集めてたから、「いい石ねぇ」と言ってたんです。お昼になって、お弁当箱を開けたらびっくり。ごはんの上に、さっきの石が乗ってる! 「うわあ、私のお弁当にかっこいい石が! 誰が入れてくれたんだろう?」と言うと、わかってる子たちはニッカー、と笑って黙ってるんです。「Cちゃん、入れてくれた?」と聞くと、 Cちゃん、「ちがうよ」とAくんの顔を見る。口では違うと言っても、顔には出ちゃうんですよねー。」


「最近みんな、友だちのしてることに、すぐケチつけるようになりましたね。おもちゃを貸さない子に、「いかんとよ」「○○ちゃん、わるいね」。そう言う子も、別の場面ではやってるんですよ、同じこと。いい悪いはわかるけど、自分のことは棚に上げる。それが3歳児でーす。」


「年中さんの縄跳びがうらやましくて、年少さんもやり出したんです。でも跳ぶのはまだ難しいから、途中から綱引きになった。Dちゃんが最初、「相手が男の子ばっかりで負けちゃうー」と泣いたから、Eちゃんを誘って、女の子同士でやってみたら、Eちゃんの手からパッと縄が離れて・・・Dちゃんは尻もちをついて、やっぱり泣いちゃった。見てた男の子たちは、「なんで なくと?」「かったっちゃけん、なかんでいいやん」って。面白いでしょう?」


「幼稚園に持っていくものは、自分で準備しようね。朝は、お水で顔を洗ってこようね。とみんなに話してたんです。水で洗うと、目がシャッキリ覚めるし、皮膚も強くなります。「お湯はダメだよ。お湯で洗うと、顔がしわくちゃになっちゃうからね」と私が言ったら、年中さんがすかさず「ゆかわ、おゆで あらったろ?」って言ったんですよ! 「だけん、そんなしわくちゃになったっちゃろ?」って!」



ああ、文字では、あの面白さの十分の一も伝えられないのですが・・・。身振り・手振りを交え、子どもたちの口調を真似ながら、つぶさに場面を再現してみせる先生の話は、さながら、落語家漫才師か、ってぐらい。もちろん、その根底にあるのは、確かな観察眼と、何より、子どもたちに対するあたたかい目線です。

先生は、子どもたちを丸ごと受け止めてくれます。土踏まずができてくる時期だからどんどん歩かせたいなとか、先生を介しての遊びは上手になったから子ども同士での“ごっこ遊び”を取り入れようとか・・・「こういう力を育てていきたい」というビジョンはありつつ、子どもの発達の個人差や、それぞれの気質・性格をよく理解し、お天気や行事疲れによる体力・機嫌までを考慮して、臨機応変な保育をしてくれます。


親に対しても、そんなにもベテランだったら、「こうしたら、ああしたら」と万事アドバイスしそうなもんだし、「最近の若い母親は」と苦々しく思うこともありそうなもんだけど、ないんです。

息子の未就園クラス時代のこと。やっとトイレでできるようになったと言う私に、先生、 「まあ! できるようになったのー!! すごいねー! え、うんちはまだ? いいじゃない、おしっこできるようになったんだもん。よかったね、よかったねー!」 。息子がその場にいないのにもかかわらず、手放しに、すごい勢いで誉めてもらえて、びっくりして、ちょっと泣けた記憶があります。

保護者に相談されると、先生自身がすぐに答えを出すのではなく、 「どう思う? 同じような経験したお母さん、いませんか?」と、周囲に投げかけることが多い印象でした。先生のそういう姿勢が、保護者同士で悩みを共有したり、助け合ったりする幼稚園の雰囲気につながっているのだと思います。

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(夏祭りでの先生。法被がお似合い。)

 

◆与えて、与えて、与え続けて

 

そんな先生だから、3学期の最後の日の「お別れセレモニー」は、多くのママたちの涙とすすり泣きに包まれました。先生も目を潤ませる様子があったけれど、最後にマイクを渡されると、声を震わせることもなく元気に話し出しました。


「50歳近い人にも、「先生!」と声をかけられることがあってびっくりします。私、そんなに長いこと、先生やってきたのかー、と。

やめたいと思うこともあったんですよ。でも、毎年3月になって、卒園・進級の季節になると、「今度はこうしよう、ああしよう」と、力が湧いてくるんです。それは、子どもたちと、お父さんお母さんたちに支えられてきたから。みなさんの力があったから、45年もできたんです。お嫁にもいかずにね(笑)。

私がベランダに座っていると、いつのまにか園児が膝に座ったり、背中に乗っかってきて、髪をつついたり、手を引っ張ったりして、「ゆかわー、あそぼう」と言います。遊ぶと、本当に楽しそうな顔をしてくれます。こんなおばあちゃんにですよ。こんな幸せなことがあるでしょうか? 

子育ても同じ。今が一番かわいいときだよね。忙しいときにダダこねられると、こんちくしょうと思うけど、ちょっと心を込めて声かけしたら、子どもはすぐ応えてくれます。あと10年もしたら、そんなこと絶対ないですよ(笑)。

だから、できるだけ笑顔で。楽しく。悩んだときは、先生たちや、周りのお母さんに、なんでも相談してください。みんなで支え合って、これからの幼稚園を作っていってください。」



これまた、文章ではとても伝えきれないけれど、エミの記憶による抄訳です。


先生の、しわくちゃの笑顔。ちょっとしゃがれているけど、なぜかよく通る独特の大きな声。ユーモアのある口調。先生はいつもどおりに明るいのに、聴いているママたちは一様に目を赤くしている・・・。あのときの雰囲気を思い出すと、10日以上が経った今でも、喉の奥に熱いものがこみあげてきます。

「みんなの支えがあったからできたこと」と先生は言うけれど、支えられたところで、これだけのことを成し遂げられる人がどれほどいるでしょうか? 私から見れば、先生のこれまでの人生は、与えて、与えて、与え続けてきたものです。


先生とのお別れを、どこまで分かっているんだかいないんだか・・・な年少&年中児たちが、花を一輪ずつ、先生に渡してゆきます。だんだん大きくなっていく花束。先生が与えた愛情は、一人につきほんの一輪の形にしても、やがて先生の細い体では抱えきれないほどの大きさ重さになります。

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(遠足での先生。もちろん海にも入ります。)


年齢や雰囲気から、先生を「園長」と勘違いする人も多いです。「あの幼稚園、園長先生が裸足で子どもたちと一緒に泥だらけになって遊んでた」みたく。先生が、一年じゅう裸足で、泥だらけになって遊んでいるのは事実ですが(笑)、先生は経営とはいっさい関係がありません。40年以上、雇われの身、一教師でしかありませんでした。今どき、大資本の世話にもなっていない小さな幼稚園ですから、お給料はたかが知れていたでしょう。「貧乏暮らしは慣れてますから」と先生は笑います。

先生は遠い島のご出身で、退職後、やがては島に戻るつもりとのこと。この喪失感をどうしたらいいのでしょうか! 

卒園しても先生が近くにおられる、思い立てばいつでも会えると思いたいのに。それに、講演やらセミナーやら、なんならラジオやテレビでも! あっちゃこっちゃに引っ張りだこになってほしい。幼児教育に捧げてきた日々を、いつものように明るく面白く喋りまくって、どんどん広めて、みんなを元気にしてほしいというのに!! 

ほとんどの人生がそうなのだけれども、こんなに偉大に思える人生も、広く知られることはなく、ただ関わった人々の記憶の中だけに、ひっそりとうずもれていくのですね。私が宮本常一ならば、民俗学のひそやかなロングセラー『忘れられた日本人』の中に「ゆかわあおい先生」の章を設けて、一筆書きたいものです。

忘れられた日本人 (岩波文庫)

忘れられた日本人 (岩波文庫)

 


・・・おっと、たとえがマニアックすぎましたか?(でも、めちゃめちゃ名著です!おすすめ。) 

ではポップに、私が阿川佐和子なら「サワコの朝」で、黒柳徹子なら「徹子の部屋」で、くりいむしちゅーの上田なら「おしゃれイズム」で、先生にインタビューして全国放送するのに!! 


子ども
がお世話になったのはもちろんのこと、先生のような人に出会えたのを、私は心からうれしく思い、先生の45年間に畏敬の念をもっています。

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(クラスから先生に贈ったもの。ママたちの寄せ書きと、写真。それから、子どもたちのお絵かきを焼きつけたカップ&お皿セット。)

 

「こういう人がいる」 「こういう人生がある」という記録をひっそりとネットの片隅に残しておきたくて、アップします。


(おわり)
(先生の写真は私が子どもとの思い出のために撮ったものです)